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昨年の行政処分事例について(相場操縦事件)

作成者: Tatsuya Yahagi|2023/01/22 3:29:38

昨年(2022年)の金融商品取引業者等に対する行政処分事例の中で、業界的にも世間一般にも最も注目を集めた事案の一つが、SMBC日興証券による相場操縦事案ではないかと思います。
本事案は、同証券によるブロックオファー取引(上場会社の大株主等が持株を売却する場合に、証券会社が一旦一括で買い取り、それを他の投資家にディスカウント価格で転売する取引で、大株主が通常の立会内取引で大量に持株を売却することとした場合の値崩れを回避できる効果があります)において、株価下落回避のために同証券が行った買支え行為が、金商法で禁じられる相場操縦(金商法159条3項に定める違法な安定操作取引)に該当するとされたものです。金融庁による行政処分公表文や同証券が設置した調査委員会による2022年6月24日付調査報告書によれば、同証券がこのような買支え行為を行った理由・背景の一つとして、同証券は相当数のリテール顧客に対してブロックオファー取引の対象銘柄の購入申込みの勧誘及び情報提供を行っており、これが情報を入手した顧客等による空売りを誘発し対象銘柄の価格低下を招く要因となったことなどにつき言及されています。対象銘柄の株価下落により、取引自体がキャンセルとなることや、(重要顧客である)売り手の心証が悪化し今後の取引に悪影響が生じること、あるいは、別案件にも悪影響が出てしまうことなどを回避したかったようです(調査報告書110頁参照)。
このような安定操作取引は、政令で定める除外事由のない限り違法とされ、同証券は金融庁より業務改善命令・業務停止命令を受け、また、東京証券取引所からも過怠金3億円と自己勘定による有価証券の売買停止の処分を受けています。そして、報道によれば、法人としての同証券の刑事裁判において同証券は犯罪の成立を認め、来月(2023年2月)に判決が言い渡される予定のようです。もっとも、取引を行った同証券の元役職員個人に対する刑事裁判の公判はこれからで、弁護側としては、おそらく犯罪としての相場操縦の成立を争ってくるのではないかと思われます。
本事案における相場操縦(違法な安定操作)の成否等については、法律論としては(興味ある人にとっては)一つの重要トピックとなり得るかもしれません。他方で、コンプライアンスの観点からは、同証券の調査委員会の報告書が本取引につき、「公正な価格形成を確保するという金商法の理念に反し、証券会社の市場における役割及び責務に悖る不適切かつ不公正な行為」と指摘したように(調査報告書132頁)、そもそも証券市場のゲートキーパーである証券会社が、このような「不適切かつ不公正な行為」につき、自己規律を働かせて慎重・適切な検討・対応を行い、行為を止めることができなかった(そのような態勢を取れていなかった)ことに、本件における問題の重要性があるように思われるところです。
また、本相場操縦事案では、親会社の三井住友フィナンシャルグループに対しても行政処分が出されています。具体的には、証券会社等の50%超の議決権を有する主要株主(特定主要株主)に対して出される「改善措置命令」(金商法32条の2第2項)で、「相場操縦事案に関して」親会社の同証券に対する「経営管理について改善すべき点が認められた」として、同証券に対して「適切な経営管理を行うための態勢の構築」や同証券が策定する「経営管理態勢及び内部管理態勢の強化、コンプライアンスを重視する健全な組織文化の醸成等のための計画及びその実施状況の検証」を行うよう求められています。私の知る限り、この特定主要株主に対する改善措置命令はそう多く出されるものではないように思いますので、金融庁が親会社に対しても措置命令を出したということは、本相場操縦事案における親会社の責任等につき、監督当局が重大視していることの表れであるように感じられます。